「不都合な真実」

不都合な真実 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

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ドキュメンタリー映画不都合な真実」を見てきた.アル・ゴア氏が地球環境問題について語っている.内容は映画を見るのが一番と思うので,ここでは4つばかり感想を.

\bullet\;ゴア氏のプレゼンテーション技術はすごい.地球温暖化についての講演を1000回以上も行い慣れているからかもしれないが,ゴア氏は(グラフ,映像,ユーモア,声色の使い分け,緩急をつけた話し方など)講演がすごく上手いと感じた.映画は2時間弱と長かったにもかかわらず,飽きずに見ることができた.

しかし,注目すべきなのはゴア氏のプレゼンテーション技術よりも情熱かもしれない.環境問題は,政治家にとって票にならないだろうし,むしろ石油業界などの経済界から疎まれて不利になるのではないだろうか*1.しかし,ゴア氏は議員になる前から環境問題に関心をもっていて,クリントン政権で副大統領として京都議定書(COP3)のために来日し,そして今も地球温暖化についての講演を数多くこなしている.

\bullet\;専門誌の論文と一般向けの新聞・雑誌の記事では,地球温暖化の取り上げ方が大きく違うという指摘に驚いたと同時にそうだろうなと思った.極めて大多数の科学者の間では,地球温暖化CO_2など人間の活動によるものという合意が出来ている*2 .一方で,一般向けの新聞・雑誌の約半数の記事では,地球温暖化が人間の活動によるものかどうかは疑問があるとされているという.そして,ゴア氏は,この取り上げ方の差には,温暖化という「不都合な真実」を隠したいと思う政治家や経済界の人々の影響があるという(次の感想のNew Yorkerの記事も参照).

\bullet\;映画を見ながら,カール・セーガンが『The Demon-Haunted World: Science as a Candle in the Dark』で一貫性のなさとしてあげた次の例を思い出した(以下におおまかな訳を).

仮想敵国については最悪の事態を想定して計画をたてる(巨額を費やす)が,環境問題についての科学的な予想については,「証明」されていないとして無視する(支出をしぶる).(Carl Sagan, "inconsistency" from the Baloney Detection Kit)

前者については,イラクを思い出す.大量破壊兵器があるかもしれないとして,ブッシュ政権イラクを攻撃した.しかし,その後,アメリカ議会の調査委員会により,イラク大量破壊兵器保有しておらず,また保有を示唆する証拠もなかったと結論づけられた.イラク戦争以降,イラクで死亡したアメリカ兵士は3000人を超えた(2007年1月2日の報道).イラク戦争以降に死亡したイラク人の数はなかなか分からないけれども,英国医学誌Lancetの論文は推定約65万人(そのうち推定約60万人が砲撃によるもの)という衝撃的な数字を挙げている*3.そして,2007年1月17日付けのNew York Timesは,イラク戦費が1.2兆ドル(約140兆円)になったと報じ,もしそのお金が医療制度に使われたならさぞ充実しただろうにとも付け加えている*4イラク戦争を始める前は,ブッシュ政権は,楽観的に(あるいは政治目的?で)イラク戦費は500億ドル(約6兆円)と見積もっていた.

後者については,環境保護庁の報告書をブッシュ政権が改ざんした出来事を思い出す.共和党ジョン・マケイン議員と民主党のジョセフ・リバーマン議員による法案について書かれたNewYorkerの記事から,一部を大まかに訳して引用したい.(なお,温室効果ガス排出の抑制を目指すマケイン・リバーマン法案は,上院で否決された.)

ブッシュ大統領は,二酸化炭素を規制する取り組みに全て反対していることへの弁明として,科学的な合意のできるのを待っていると言う.しかしその一方で,ブッシュ政権は,このような合意が既にできているという不都合な事実を隠そうと必死になっている.例えば,環境保護庁が,この春に環境についての総論を作成した際に,ブッシュ政権は気候に関する部分を編集した(検閲したといってもよい).過去10年間に世界の気温が異常なほど急激に上昇したことを示す1999年の研究を参考文献から削り,そのかわりに,米国石油協会から一部援助を受けた,対立する報告書を参考文献に入れたのだった.(Getting warmer, the New Yorker, November 17, 2003*5

\bullet\;ゴア氏は映画の中で,「人々は,地球温暖化を信じたくないという気持ち(disbelief)から,真実を知って絶望(despair)へと直ちにゆきがちだけれども,disbeliefとdespairの間には大きな差があるのだ」,「その間で勝負しよう」というようなことを言っていたと思う(かなり忘れているので間違っていたらご海容に).私も,何であれ恐れるべきはシニシズムだと思うのだけど,じゃあどうするの,と言われるととても難しい.

*1:ゴア氏は二世議員であり,HPCA法案など情報技術の推進者でもあったから,その周辺で支持を得ていたのだろうか.私はよく知らない.

*2:映画では次を引用している.Naomi Oreskes, BEYOND THE IVORY TOWER, The Scientific Consensus on Climate Change, Science, 3 December 2004, Vol. 306. no. 5702, p. 1686, http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/306/5702/1686

*3:L. Roberts, R. Lafta, R. Garfield, J. Khudhairi, G. Burnham, Mortality before and after the 2003 invasion of Iraq: cluster sample survey. The Lancet, Volume 364, Issue 9448, Pages 1857-1864, October 11, 2006

*4:What $1.2 Trillion Can Buy, http://www.nytimes.com/2007/01/17/business/17leonhardt.html http://www.google.co.jp/search?q=What+%241.2+Trillion+Can+Buy

*5:http://www.newyorker.com/printables/talk/031117ta_talk_kolbert?talk/031117ta_talk_kolbert