西洋美術史ハンドブック

(この文章は,昨年2013年9月のパリ滞在のときにおおまかに書いていたものです.)

西洋美術史ハンドブック (ハンドブック・シリーズ)

西洋美術史ハンドブック (ハンドブック・シリーズ)


三浦篤『まなざしのレッスン 1西洋伝統絵画』(2013-01-19)に引き継いで読んだ.約250ページからなるこの本は,古代から現代までの西洋美術を外観している.図版も豊富で,時代あるいはテーマごとに,4ページから6ページほどの概説があり,その後に,その時代の主な芸術家の説明が,各々,半ページから2ページぐらい続いている*1


例えば,セザンヌについてだと,「アカデミズム/印象主義後期印象主義」の概説(6ページ)の中で,他の印象派の作家との関係が書かれて,その後に,各芸術家の項で,セザンヌは2ページにわたって説明されている.そこから一部を抜粋すると,以下のような感じ.

もっとも印象派の絵画やその魅力や美点とともに限界や問題点を抱え込んでいることに気づいたのは,実は彼ら自身に他ならない.風景画により適した筆触分割の技法を人物画に応用したルノワールが,やはり1880年代半ばに様式上の危機を体験するのもその一例であるが,印象主義の超克という課題を真正面から受け止め,その解決に取り組んだのはポール・セザンヌである.光と色の饗宴の中で形態が溶解し,視覚の快楽の中で造形への意志が希薄になること,いわば印象派の感覚主義への不満を,セザンヌは例えば「モネは一つの眼にすぎない」という有名な言葉で表してみせた.印象派の色彩表現の輝きを失うことなく堅固な造形世界を構築し,視覚による対象認識の本質にまで迫ろうとした点に,後期印象派の画家としてのセザンヌの偉大さがある.(148ページ.概説より)

しかし,そうした自律的な造形世界が,瑞々しい大気の振動,りんごの量感や艶やかさ,人物の確固とした実在感を,消失させるどころか,むしろ際立たせているのをみるとき,セザンヌ自身が「感覚の実現」と呼んだものの意味の重さが推し量れるのである.軽やかで澄んだ色調の水彩画には,構成しながら彩る感覚的な喜びが純粋に表れている.(151ページ,セザンヌの項より)

以下,感想を.

(1) 面白かった.今回のパリ滞在中に,またルーブル美術館に行った!(ちなみに,ルーブル美術館は過去に5回は行っているけど,10回は行っていないぐらい.)


(2) コラムに,1670年代にフランスの美術アカデミーで,絵画において素描と色彩のどちらが重要であるかという「色彩論争」があったと書かれていて,興味深く読んだ.素描派は,素描は精神に働きかける純粋に知的なものであり,色彩は感覚を楽しませるにすぎないと主張する(素描は真実を模倣するが,色彩は一時的外見を再現するにすぎないという).一方で,色彩派は,絵画の目的は事物を現実と見紛うほどに正確に再現することであり,それは色彩によって実現できると主張する(素描は理性の要請に応じて変更された自然を表すに過ぎないという).論争は,色彩派の勝利し,古典主義美術からロココ美術へとフランス絵画を導くことになったという.


私は詳しくないので,見当外れのことを書いているかもしれないけど,「感覚的性質」と「それ以外のもの」との対比は,さまざまな文脈で出てくるように思う.例えば,デカルト(1596--1650)が物体から感覚的性質を取り除くことで,物体の本性を延長実体(res extensa)と捉えたこと.ガリレオ(1564--1642)が物体を「一次性質」と「二次性質」に分け,形・数・運動・大小・位置などは実在的性質とみなして「一次性質」としたが,色・音・味・匂いなどは人間の感覚器官を通じてのみ現れる見かけ上の性質とみなして「二次性質」としたこと*2.なんとなく,上の「色彩論争」も,その当時の哲学(あるいは当時の社会?)における,物体の捉え方や,物心の捉え方と無関係ではない気がする.どうなんだろう.


上から音楽についても連想した.(すごく昔のことだけど)私が大学生だったときに,同級生と話していて,その人はピアノを長く習っていたのだけど,中学生ぐらいのときに構成的な曲(もう正確なことは忘れてしまったけど,バッハやベートベンの作品だったかな?)はそれなりに弾くことができたけど,ショパンの曲(たぶん)を上手く弾くことができなくて,音楽の道に進まなかった(進めなかった)と言っていた.その人は,いま,大学で美術史の先生をしている.


(3) 2013-01-19でも書いたように,絵画を楽しむのに知識が必要か(あるいは,知識は邪魔ではないのか)という疑問は(私の中では)そのままにあるけれど.

*1:時代やテーマは「オリエント」「ギリシャ/ローマ/ケルト」「初期キリスト教/ビザンティン/初期中世」「ロマネスク/ゴシック/国際ゴシック(主に11世紀から15世紀前半)」「イタリア・ルネサンス1(主に15世紀)」「イタリア・ルネサンス2(主に16世紀)」「北方ルネサンス」「バロック(17世紀)」「ロココから新古典主義へ(主に18世紀)」「ロマン主義写実主義(主に18世紀後半から19世紀中葉)」「アカデミズム/印象主義後期印象主義」「象徴主義/世紀末/アール・ヌーヴォー」「20世紀前半」「20世紀後半」に分かれている.

*2:あるいは,時代も後で少しずれるけど,18世紀の(理性による)啓蒙とその反動としての人間主義.時代はさらに後になるけど,マッハ(1838-1916)の,この世界を構成しているのは,「物」ではなく「感覚要素」である主張.