『格差社会』

格差社会―何が問題なのか (岩波新書)

格差社会―何が問題なのか (岩波新書)

橘木俊詔格差社会岩波新書)』を読んだ.まとめると以下のようになるだろうか.まとめ方はあまり正確でない(私が恣意的な捉えている)かもしれないので,気になった方は原著を読んで下さい.

構造改革などによって,日本で格差が広がっている.特に深刻なのは,貧困層の増加である(OECDによれば,先進国でアメリカに次いで2番目に貧困率が高い国になった).日本の最低賃金は低く,最低賃金以下で働いている人の割合も多い.にもかかわらず,日本のセーフティネットは世界的に最低の水準にあり,さらに日本政府はセーフティネットの規模を小さくしている.年金・医療保険介護保険などの社会保障制度で,給付が削減される一方,負担は増加している.日本の公的教育費支出は先進国の中で最低基準にもかかわらず,日本政府は教育費を大幅に減らしている(このことは,機会の平等を損ない階層の固定化を助長する).日本はすでに「小さい政府」であり,先進国の中で,不平等度が高く低福祉・低負担の国のグループに入る.

貧困層の増加は,道徳上・倫理上だけでなく次のような問題がある.労働倫理を低下させる.人的資源を無駄にする.犯罪問題を助長させ社会を不安定化させる.いろいろな形で社会福祉費を増大させる.

構造改革には良い面もあった.実際,経済の活性化が促進され,不良債権の処理に成功し,地方の公共事業の削減によって,高速道路や橋など(自然環境への問題も含めて)無駄な公共事業への支出が減った.日本には巨額の財政赤字があるので,無駄な公共支出を減額するのは重要である.しかし,福祉や教育への支出カットには賛成しない.

どの社会にも格差が存在するのは事実である.人には能力,性格,健康の差がある.大切なのは,格差があるという事実ではなく,どこまで格差を認めるのか,あるいはどのような格差を認めるのかである.格差の上層と下層の差の存在を認めつつ,(上層に属する人達を下げる方向ではなくて)下層に属する人を上げ貧困を脱する方向が望ましいのではないか.経済効率を追求すれば不平等性が高まるというのは,必ずしも正しくない.例えば,北欧は経済の効率性と公平性を達成している.北欧では,経済効率性が高い一方(例えばフィンランドノキアスウェーデンエリクソンボルボ),福祉が充実し国民の教育水準や勤労意欲も高い.

格差社会への処方箋を具体的に挙げる.高所得者への配慮から所得税最高税率が1986年の70%から現在は37%まで下がっているが,これを50%程度まで上げてもよいのではないか(日本の個人所得税の負担率は低い).日本の場合,高所得者が高い税金を取られても勤労意欲を失ったという実際の証拠はない.また,最低賃金を上げたらどうだろうか.日本の場合,最低賃金を上げても雇用は減らないと予測される.また,正規労働者と非正規労働者の所得格差が広がっている状況においては,職務給制度,つまり同一労働同一賃金というのも一つの考え方だろう.消費税を15%程度に上げて(ただし,食料品など生活必需品は非課税,贅沢品にはより高い課税),それを基礎年金に当てるという考え方も提案する.

日本の場合,政府への不信感が強くある.税金を払っても,国民に還元されず,不正にあるいは無駄に使われるのではないかという意識が強い(社会保険庁の不祥事は,このような意識を助長させている).少子高齢化が進行する中で,日本は選択を迫られている.前者は,このまま「小さい政府」をさらに推し進め,格差を一層広げ,自己責任にまかせる方向.後者は,「小さい政府」ではなく,税負担は大きくなるがセーフティネットが確立され安心を保障する方向.しかし,日本政府への不信感が後者の方向を難しくしている.いずれにせよ,最終的な選択は私たち日本国民にある.

以下に感想を.

  • アメリカの医療制度では,中間所得者層の人が大きな病気をすると貧困層に移行してしまうと聞いた.国民皆保険がないアメリカでは,病気をすると民間の医療保険料が次回からアップして払えなり,すると今度は病気をしたら治療代が払えないという悪循環におちいるそうだ.「病気になったのは自己責任」という考えはあるかもしれないけど,病気は誰にでもなる可能性があるのだから,安心感の少ない社会への移行はいやだなぁ,と私は思う.程度の問題はあるかもしれないが,「そうなるかもしれない自分」,「そうなっていたかもしれない自分」という眼差しで(実際,私も将来に大きな病気をするかもしれない),社会保障がそれなりに充実している社会がいいのではないかと思う.
  • 総論では橘木氏の考えに賛成なのだけど,各論に入るといろいろ抵抗感がある.例えば,格差社会への処方箋にある,最低賃金の上昇や職務給制度は,たいていの正規労働者にとって給料が下がることになりますよね.私は団塊ジュニア世代(様々な面で損をしていると言われる世代)に属する.税の負担を増やして社会保障を充実する方向に大筋では賛成でも,実際には,社会保障が充実されても,団塊ジュニア世代(あるいはもっと若い世代)が応分の恩恵を受けるのかというのが気になる.
  • 日本の企業は,「新卒」か「第二新卒」という枠組みでたいてい正規社員を雇用する.そして,経団連の調査によれば,多くの企業がフリーターの正社員化に消極的である.このため,団塊ジュニア世代に属し,就職する時期がいわゆる「超氷河期」にあたって,フリーターになることを余儀なくされた人々は,正規社員の道から閉ざされている.これは大きな問題だと思う.例えば,1986年の改正男女雇用均等法は,女性の雇用環境の向上に一定の効果があった.フリーター(特に男性)の多くが定職を望んでいることを考えれば,意欲も潜在能力もあるフリーターが正規社員として多く雇用される道を開くような法律を作ることはできないだろうか.